ひろゆきさんの動画をみていて。
日本の自殺は経済的に行き詰まったからというよりは、
人間関係なのだと。

それが面倒になったり、怖くなったり、
それに直面しないで済むには、ああもうリセットしちゃえ、
ということで死を選ぶ人が多いのだと。

それはわかるんです。

能天気な私でさえ、子供が自殺して、なんてことを友達に話したりするのは、
ドン引きされるんじゃ、とか
友達の縁を切られるんじゃ、とか
PTAであることないこと噂されるんじゃ、とか思って、
5年は話せなかったですから。

でもね怖がりすぎると、しんどいですから!
今日は、怖いけど、それでも少しずつ話してみたところ、楽になったよ、という話をします。

自死遺族になったという話をすると、相手の反応はだいたい4つに分かれます。

1)お茶に誘ってもやんわり断り、以来縁がなくなった人
2)ちょっと同情してる風な感じをだしはするけど拒否るところまではいかないで最低限のコミュニケーションはする人
3)態度は変わらず、前から自然体の人
4)同じ体験があるので実感を持って共通の話題として話す人

そして私たちが気にしがちなのは1と2の人たちですね。

でもね、実はこの分類の人たちは
「最初から友達ではなくて、単なる知り合いぐらいの人やったんね」
ぐらいに、ライトに捉えてみたらどうでしょうか。
どうでしょう。ちょっと気が軽くなりませんか?

私が考える友達(腹を割ってある程度人生観とか話せるひと)は3の人です。
こういう人はやっぱり少ない。
貴重です。
私の人生においても、数名でした。

(友達としての深さと会う頻度はまた別です。
腹を割って話せるけど一年に一度ぐらいしか合わない人もいます。)

でもね、この3の人を増やすことはできると最近気づきました。
それはカミングアウトしてみてわかったんです。

例えばボランティア活動とか社会活動の勉強会で出会う人。

この社会にそういう痛みや苦しみがある、ということをわかっていて。
かつ、いろんな人の経験に対して想像力があり、シリアスなカミングアウト話でも穏やかに冷静に受け止められる人たち
はいます。

本来は、お坊さんとか宗教者、カウンセラー、医療従事者などはここに入るのでしょう。
(私は新興宗教の方はお誘い受けてもやんわりお断りしていますが)

3の人ってやっぱりすごく数も少なくて貴重ですが存在はします。

逆に言えば、
自殺の話なんか怖いし、できれば聞きたくない、直視したくない、
という人は「日本人の大多数の、かよわい普通の人」なんだと思います。

私だっていうてフツーの凡人ですから、体験するまでは、日本は自殺が多いと知ってはいても、だから具体的にどうすればいいのかまでは何もノープランでした。

だからね。
話をして、離れていく人がいても責められないし、普通だし、それに対して怒ったり、落胆したりしてもしょうがないってことです。

去るものは追わず。
人間は元々弱い存在。
期待しなければ無駄に傷つくこともない。

という、ブッダの根本的な教えにやっぱりたどり着きます。

友達なんて少なくていいんだと開き直ってもいいし、
いややっぱり少しいたほうがいいよねという人は、
だんだん時薬がきいてきて、冷静になってきたなと思ったら、ボランティア活動でもいいし、趣味でもいいので、ちょっと勇気を出して、出かけてみると、シリアスな話も穏やかに受け止めてくれる精神的に大人で豊かな人たちに出会えると思います。

ちなみに、こういう話を全くしないで趣味の活動だけやっているお友達もいます。
そのへんは、話すにふさわしい時がきたら、宇宙が勝手にセッティングしてくれると思ってます。
あれ、なぜか最後だけスピになった笑

読んで下さった方の気が1ミリでも楽になれば嬉しいです。ではでは。