もう今年も終わるし、なんとなく思い返してみたら、息子が亡くなったあと半年ぐらいすっかり記憶がないことに気づきました。
ないと言ったら大袈裟かもしれませんが、強いて言えば泣きながら死体のような自分を背負って、電車に怯えながら仕事に行っていたこと、休みたい休みたいといつも思っていたこと、世界に対して関心をなくし、世界がどうなろうとかまうものか、という気分でいたこと、五月からこのブログを始めたこと、そんな感じです。
秋あたりからようやく前をむこう、生きること、世の中のにも興味を持とう、という気になり始め、ぽちほち本を読んだり、新聞を読んだりし始めました。
そんな一年でしたが、無駄だったとはすこしも思いません。私がここまで生き延びて、今日という日にたどりつけたのはつかず離れず見守り、泣けば背中をさすって励ましてくれた家族のおかげです。
そのことにあらためて思いを馳せながら、来年から残りの時間をどんな価値観で何を大事にし生きていくのか、考えたいと思います。
ないと言ったら大袈裟かもしれませんが、強いて言えば泣きながら死体のような自分を背負って、電車に怯えながら仕事に行っていたこと、休みたい休みたいといつも思っていたこと、世界に対して関心をなくし、世界がどうなろうとかまうものか、という気分でいたこと、五月からこのブログを始めたこと、そんな感じです。
秋あたりからようやく前をむこう、生きること、世の中のにも興味を持とう、という気になり始め、ぽちほち本を読んだり、新聞を読んだりし始めました。
そんな一年でしたが、無駄だったとはすこしも思いません。私がここまで生き延びて、今日という日にたどりつけたのはつかず離れず見守り、泣けば背中をさすって励ましてくれた家族のおかげです。
そのことにあらためて思いを馳せながら、来年から残りの時間をどんな価値観で何を大事にし生きていくのか、考えたいと思います。